ショーン・ダーキン監督の『アイアンクロー』を見てきました
ラジオでジェーンスーさんがとても評価してたのでそれはそれはと先週末に見に行きました。*2プロレスと言えば中学生の頃全日本プロレスを毎週日曜の夜遅く見てたのをおもいだしますが、この映画でひさしぶりにプロレスのわくわくを堪能しちゃいました 。俳優のみなさんの作り上げたリアルなプロレスラー的肉体と技の数々やマイクパフォーマンス。丁寧な時間をかけたリングシーンの数々から監督の80年代のプロレスへの熱が伝わってきました。
さてそれ以外のストーリーのこと、支配的な父親とか、マチズモとか、男の世界とか、主人公がそれと戦って何か新しいものを得たりとか・・・見せてくれるのかなっと行って、見て、それはそうだったんですけど、見終わって心に残ったのはそこと違くて。ずっとこの家族のことを考えてしまってます。
ここからやや内容のこと。
怖いのは父や呪いではない
父親フリッツさんは確かに支配的で、自分の叶えられなかったことを子供たちで叶えようとします。親が子供にかける呪い。映画終盤主人公は心理学でいうところの父殺しの過程を経てこれを乗り越えていきます。
でも父のやばさは比較的体育会的テンプレで、北米の家族に纏わる逃れられない怖さみたいのもそうだなぁあるなぁという話なんですが、それよりも弟たちが次々自死してしまうところでなんとも言えない鳥肌立っちゃう気持ちになります。
この映画は実話を元にしていて、呪われたファミリーと言われたフォン・エリック家の長男さんは幼くして事故で亡くなっており、三男は25歳の時に病*3でなくなるのですが、続くように五男が薬を飲んで自殺、四男が銃で自殺、物語には出てきませんが実際には彼らにはもう一人レスラーの弟がいて自死しています。 6人兄弟で次男ケビンさんひとりだけ、健在です。
すぐ隣にある世界
自分からふわっと死の世界へ行ってしまう。向こうの世界にも兄弟がいるから。こっちの世界は苦しくて怖くてやりきれなくて、向こうの世界には兄弟がいて愛があるて思ったら、引っ張られるように行ってしまう。*4うーんそーなんだなぁ。向こうの世界は川の反対岸というかドアを開けたらすぐ向こうにあるように感じてしまう。
でもそこで向こうに行ってしまう人と行かない人がいます。主人公もかなりやばそうに見える時期があり、苦しそうだった。見ていてこれは行ってしまいそうだなと思った時は背中が寒くなって手のひらが熱くなってのどがぎゅっとしてしまいました。でも行かなかった。
苦しくても向こうの世界へ行かない人はどうして行かなかったんだろう?
それは主人公ケビンさんをこっち側の世界に引っ張ってくれるものがあったからですよね。ひとつには現代的で自立した妻パムさんと天使みたいな子供たち、あとリックフレアーみたいな興業に徹したプロの明るさやお父さんの薄汚さを垣間見たことも彼をこっちに引き留めた一因かな〜て思いました。
ケビンさんにはあっちに行かないように腰に命綱が結ばれていたんだなぁ。でも、弟たちにも命綱はあったかもしれないよなぁ、とてもすれすれのところでケビンさんは生き残ったんだなぁと思いました。
お父さんとお兄さん
家庭の中にも自分の中にも愛がたくさんあったのに、子どもたちを追い詰めて次々と失ってしまったお父さんは過去の栄華を握りしめながらひとりになって孤独な晩年をおくったそうです。
途中に、幼くして亡くなった長男のお兄さんが階段の上からお母さんを見てる、という場面が挟み込まれるように出てきます。物語はお兄さんの影を感じながら暗い後半へ入っていきます。ここはショーン・ダーキン監督の面目躍如といったシーンかもしれません。
明るさと死の影の対比
死の影みたいのがずっとどこかに存在してはいるんですが、この物語の中では特にフォン・エリック家の中には苦しみはあっても憎しみがありません。親に未来を決められても兄弟たちは家族への愛情を屈託なく持ち続けます。特に兄弟の子供時代〜青春時代はお父さんを含めてみんなが愛を持っていて輝くように描かれています。この全体から滲み出る明るさと死の影の対比がこの作品のおもしろいところだと思います。
https://youtu.be/p_l5MeZO_L0?si=8xROTW6JHuRrsQLp
パンフレットが文章で大変充実してます。