ストレスをかけるのがストレス
この夏は会話のズレに疲れるぅ〜ということがわりとあり、でも、元々ズレそのものが悪いわけじゃないとも思っているんですよね、わたし。
それぞれが異なる世界を持ってるヒトなので、それにその人がその時いる場所のルールもあるし、噛み合わせるのは難しいことも多くあります🐜
会話や空間に「こっちに集中しなさいよ」と感じる瞬間があると、その念の強さにウワォ・・・(シーン)ってなったり。逆にわたしがそういう強さを持ってしまったり、時に状況的に出さねば進まない案件などもあり(お役所方面で)、そういう時、超ストレス。
自分の言ったことに正しく返してほしいと思うのも「欲」なんだよなぁと思ったんですよね。

ずっとズレてるのは平気
わたしの母と話してるとしょっちゅう噛み合わないんですが、母は耳が遠いのもあるけど元々あんまり人の話を聞かないので、話が飛んで、文脈がずれるわけです。わたしがそこまでの会話をポイっと諦めて母に合わせていくことになるんですが、それは別にストレスではない。
この人はこの人の世界があってそこから発せられてる言葉なんだと思ってて。そういうの、仕事でもよく起きます。お客さんは、こちらの質問とは全く別の方向に話を進めることがある。でもそれもこの人のペースなんだなって、わりと引きで捉えてるからか、母との会話と同じように、ズレはそのまま置いておいて、まずは言いたいこと言ってもらってからちょっとずつこちらが欲しい情報をもらって、できることを伝えていくと、噛み合ってきます。そういうのはちょっとおもしろいなって感じてるんですよね。ズレながら進んでいく感じが。

蘭なのはキンギアナム
買い物でコミットは要らない
わたし自身が客の立場になるときも、「こっちを見てくれよ」とか「集中してくれよ」とか、そういう踏み込む要求はわたしの中からは出てこなくてむしろあんまりこっちにコミットしないで欲しいって思っちゃいます*1。一方で、こないだのカスハラの客は徹頭徹尾自分の思い通りの返答を求めて激昂していて、いつもこういうことしてるとしたら疲れないのか?て思う。
会話の成立を求めすぎると、ズレをねじ伏せようとしてしまう。そうやって境界線を壊して回ってるのは疲れる。
会話が成立するのは、もはや奇跡だと思うんです。成立しなくても、関係は壊れないし、それぞれの世界がズレたままちょっとずつ重なるくらいでいいんだよなって思えたのは、このしんどい夏でもちょっと救いだったかも。
*1:軽い会話するのは好き
